midnight betrayer



 ベッドのスプリングの悲鳴が嫌に耳につく。
 本来一人分の体重を受け止める筈のところに二人が乗っていれば当然かもしれない。けれど、今聞きたい音はこんな無機質なものなどではないのだ。声が、欲しい。
 「カ、ンダ・・・」
 自分の中を犯す男の名を呼ぶ。乾いた咽喉が張り付いて上手く声が出ない。邪魔だ。必死に唾液を飲み込んだとしても喘ぐ為に口を開く所為ですぐに乾いてしまう。
 「あぁ・・・っ!も、むり・・・・っ!!」
 シーツを握り締める指先が白くなる。深く刻まれる皺を滲む視界で見つめる。それしか見えない。
 背後にある気配は確かに自分が愛する人のものだけれど、顔が見えないせいで不安になる。せめて声が。
 「ひぁ・・・く、ぅ・・・・っ」
 彼の熱が内臓を更に深くまで押し上げてくる。その苦しさすら快楽になる。痛みさえ彼から与えられるものは。けれど感じる程に響く自分の声が邪魔になる。それを殺すために皺が刻まれたシーツをきつく噛むと声がくぐもって余計耳障りな音になった。
 どうしたって苦しくて。けれど埋められた熱はそのままに、噛み締めた唇に優しく指が伸ばされた。
 「噛むんじゃねェよ。傷つくだろうが」
 「カン、ダ・・・・」
 自分より低く落ち着いた声。やっと聞けたと思うと同時に唇が塞がれた。何時の間にか切れていた口の端から滲む血が舐め取られる。少し沁みた。
 「ん・・・・っふ、や、あぁ・・・」
 唇は塞がれたまま、今まで放られていた性器が握られた。自分よりも大きいその手に扱われて、足の力が抜ける。必死に膝を立てようとするけれど、そう力を入れるほどに指を這わされた所から力が抜けていく。
 毒だ、と思った。この人は。
 甘いところなど何処にもないのに、一度足を踏み入れたら抜け出せなくなる場所の。
 「ひ、あぁぁ・・・っ!!」
 耐えられずに吐き出した白濁と同時に、体の奥に広がる物を感じた。
 「ふ・・・・神田・・・・?」
 耳を塞ぎたくなるような音を立てながら、ずるりと自分の中にあった彼が抜かれる。咽喉元に迫っていた圧迫感が急になくなって息が楽になる。けれど心に架かる霧は反対の感情だった。
 仰向けに転がされた先、天井を背に見える彼の瞳はいつもより優しい光を帯びていた。
 「寝ろ」
 汗で額に張り付いた前髪を、その綺麗な指で払われた。それだけで不思議と安心することができて、体の疲労から来る睡魔の誘いに身を委ねた。


 「酷い奴」
 夜中とはいえ、足元が見える程度に燈された回廊の灯りが影を揺らす。当然他に人の影は無く、一人分の足音が高く静かに響いた。前方に褐色の髪の持ち主を見つけても、そのリズムは止まらないままその人物へと進む。
 「アレは結構、本気でユウに入れ込んでるさ、多分ね」
 「テメェだってそれ見て楽しんでんだろうが」
 開かれた左の隻眼が笑う。けれどそれは昼間見せるものとは明らかに違った。暗い、目の前の闇の色を見定めるような。
 「ラビ」
 短く名を呼ばれた影が、腕を伸ばして黒のズボンに羽織っただけのカッターシャツのボタンを閉めていく。その左胸に刻まれているサンスクリットを、あの白髪の少年は見たことがあるのだろうか?薄く笑う。
 「今日はいつもより激しかった?ユウ」
 「お前も抜くか?」
 「んーん。他の男抱いた後のユウの体なんて興味ない」
 顎に添えられた手を払う。深碧と絡まった漆黒の視線が、微か細められる。払われた手にか、投げられた言葉にか。
 途端不機嫌な色を露に、褐色の髪を無理やり引き寄せた。全てを吸い取るように絡めた舌の所為で、聞いただけでそれと解る水音が辺りに響く。誰も居ないけれど。一度離れる気配を見せたそれを絡めなおして、ようやっと満足した頃に銀の糸を引いた。
 「消毒?」
 「みたいなモン」
 口元に笑みを佩く。それきり踵を返した二つの影はその夜の刻は会う事は無く。

 この宴の幕が閉じるには、まだ月と日が欠片も満ちていない。








月皎さんがいかに酷い人かの一端が垣間見えますね(微笑)
どこまでも黒いラビさんを書くのがものすごい楽しかったです。
書き終わった後で、前半アレンの名前が出てないことに気づいた。スルー