ナッシングノウベイビー

 自分の髪の色は好きでは無い。だが世界広しといえどもなかなかお目にかかれない色の一つに、褐色のものがある。その色もあまり好きでは無い。
 そう早くもない朝だというのに、わざわざ人払いをしたのではないかと思わせる程に誰もいない回廊。その向こうに、アレンは確かにその赤い髪の持ち主を見止めた。間違える筈がない。
 そのまま歩き続けていれば擦れ違ったのだろうが、業と立ち止まる。視線はひたとその隻眼に合わせたまま。
 「よぉアレン。おはよーさん」
 人好きのする笑みだとはよく言ったものだ。自分も似たようなことをするから解る。だからこそ嫌いだ。笑う様に細められる深い碧眼を見据える。
 「? 俺の顔になんか付いてる?」
 「昨夜、業とでしょう」
 「昨夜?」
 「馬鹿にしないで下さい」
 瞳に込める力を緩めず問う。今なら、目の前の「仲間」を傷付けるのも厭わずやれる気がした。
 白を切るのを諦めたのか、最初からそんな気などなかったのか、目の前の隻眼がからりと笑う。
 「なぁんだ。ユウより先に気付くとは思わなかったさー」
 軽やかに笑いながらのばされた手が、白髪をかき回す。あからさまに子供にするをれを強引に振り払った。
 月が消える間際の暗闇の向こう。騙されているのは、自分ひとりだと思っていた。それならどうでも良かった。けれど。
 「貴方は・・・神田の事を、どう思ってるんですか」
 あの、優しい人を。こんな自分の伸ばした手を取ってくれた。たとえ、決して自分と同じ気持ちではなかったとしても。一時の気紛れだったとしても。
 「なんで、あんなことするんですか。神田は、貴方を・・・っ!」
 一度伏せてしまった顔が上げられない。今その上辺だけの陳腐な笑顔を見たら、殴りかかることを必死で堪えている糸が簡単に切れてしまいそうで。
 「もういいじゃないですか。神田を、これ以上、傷つけないで下さい」
 見たくなかった。あの綺麗な人が汚れるところを。自分が汚されるのは構わなかった。けれどあの人はどうしたって綺麗なままで。
 「―――さっきから、何言ってんの?」
 ふいに、息苦しくなった。自分のものより一回り大きな手が自分の首に絡み付いていることに気付いてやっと、何故かが判った。息ができない。
 「そんなに、ユウが好き?笑わせるね、お前も」
 あんな馬鹿な子、どうしてそんなに必死に愛するの?
 気管が圧迫される。空気が通らない。睨むつもりで思わず視線を合わせて、瞬間、ぞくりと嫌な気が背筋を辿った。
 「大体さぁ、馬鹿にしないでって何?俺が仕掛けるまで気付かなかったくせに」
 野良の子犬が入り込むには早過ぎた路地裏だった。殺気が込められた瞳が間近に迫る。片方だけのそれは、威力が半減するどころか逆に一層表情を読ませずに恐怖心を煽る。
 「ただ悦んでただけのくせに。疑いもしないでさ。お前なんかが、ユウに―――」
 潰される、と思った。
 戯れでなく首に絡み付いていた手のひらに更に力が込められた瞬間、ぐいと何かに引かれるようにしてその手が離れた。
 体に力が入らないまま崩れ落ちる。急に空気が通ったことで咳き込む。苦しい。
 「・・・神田・・・・・・」
 先刻まで自分の首に絡み付いていた手のひらはその愛しい人の手に戒められていた。嗚呼それでも、その漆黒の双眸に自分の姿は映らない。
 自分に向けられていたものと変わらぬ殺気を受けて尚、微かも怯む事無く相対するその人を視界の端に、意識を手放した。

らびたん崩壊編(うわ・・・