週一知的逃避行
水曜4限、アフタヌーンティータイムをまたぐこの時間の授業にはちょっとした『名物』が存在している。
全学科全学年公開の選択授業のうちの一つ。文化論。特に座席は決まっていないのだが、僕はいつも同じ席に座ることにしている。真ん中の列の前から7番目。そして名物である彼らもまた、毎回同じ席に座る事にしているらしい。右側の列の前から5番目。すなわち僕の席の右斜め前。
「腹減ったー」
「・・・さっきも食ってただろ」
「あんなんじゃ全然足りないって。ユウ小食すぎ。だから細いんだ」
「うるせぇ」
「ゆーう、腹減ったねー」
「てめぇ何勝手に人のカフェオレ飲んでんだよ」
「うぇ、温い」
「文句あるなら飲むな」
「ぅあーうそうそ!おいしい!!やだやだ返してユウ!」
「俺のだっつーの」
正直うざい。これが僕の率直な意見である。君達は場所弁えずイチャつくカップルの真似事でもしてるんですか。実際そうならいいものの(いや良くないが)、素でこれなのだから最早救い様がない。慈悲深い僕にそう言わせる位にはうざい程毎週これを繰り返しているのである。
噂の人物2名と僕は何の因縁か、知り合いという関係である。(友達では断じてない。)だがいかに愛想の良い僕でも自分から声をかけることなどゼロに等しい。何故なら一度声をかけようものなら目の前で(見せつけられてんのあかと思う様な)あの馬鹿なイチャつきが繰り広げられるのだ。生憎そんなものに長時間耐えられるほど僕の目は衰えていない。同じ授業がこれだけでよかったと心底思う。
だがあの二人は他の授業もほぼ同じらしいというのが専らの噂である。らしい、というのは恐ろしくてだれもその真偽を本人達に聞けないためである。親同士が云々とやらで一つ屋根の下で生活してやがるというのに(ここまでは知人としての情報)その上授業まで同じだなんて、文字通り四六時中一緒にいるのだ。はっきり言おう。正直キモい。
僕が心の中でそうこう愚痴を吐いている間にも、二人の痴話喧嘩(仮)をBGMに始業のチャイムが鳴り響く。
痴話喧嘩(仮)が絶える事無く10分後に講師のご登場。毎回思うがもっと早く来やがれ。あんたが来ない間の分、こっちは変な漫才を聞かなきゃならなくなってんですよ。
ともかく講義開始。流石に講義中は二人とも私語は無い。だが片方(ポニーテール)が真面目にノートを取っているのに対し、もう片方(赤毛)は開始5分で船漕ぎ開始。更に5分後、ゆらゆら揺れていた赤毛の頭はポニーテールの肩へと着港。なんですかそれ!
僕を含め、世間一般の解釈によるところのポニーテールこと「神田ユウ」だる人物とは、曰く無愛想・冷徹・利己主義以下略、といった具合の筈なのである。それがどうだ、今僕の目の前で起こっている現象といえば「授業中寝こけてやがるご友人に肩をお貸しになる神田ユウ」なのである。しかも起こさないようにと注意しながらノートをとるといういらんオプションまでついている。何時からそんなお優しい人になられたんですか神田様。
健やかな吐息が聞こえてきそうな程ぴくりとも動かない赤毛には授業中寝るという事に対しての罪悪感なぞカケラも感じない。無駄に記憶力が良い彼は、時に講師の一挙一動まで覚えている程だ。毎時間例外なく眠るそれは、まるで無駄な記憶を省く為みたいだ、と皮肉混じりに本人に言ってみた事がある。そしたら奴はきょとんとしたような少し驚いた顔で固まった後、ただへらりと笑って「なぁんでわかったんさー」と宣った。
彼はそう簡単に他人に本性を見せない。だから僕はそれも単なるギャグとしか認識しない事にしている。それ以外の答えがあったら教えて欲しい。大体、実際そんなに容量のある人間が居るわけ無い。
そうこう僕が考察しながら授業を聞いていれば、いつの間にか耳に届くのは授業終了の合図。開始は遅いくせに終了はチャイムと同時にする教師を軽く睨んでから荷物をまとめる。
ちらりと生徒のざわめきに紛れて名物達の様子を窺えば、ポニーテールが赤毛に一発景気良い音と共に拳骨を食らわすところだった。
「オイ起きろ。終わったぞ」
「ふぇ・・・?」
「帰るっつってんだ。おいてくぞ」
「うぁーやだやだ!待って下さい!!」
慌ただしく追いかける赤毛ことラビのいなくなった机の上に忘れ物が一つ。開かれた事があるのかも怪しいペンケース。その存在に気付いてひそひそと話す下世話な女生徒達の声。なんとなくそれが気に入らなくて仕方無しにそれを手にする。神田を追ったラビを追う。
「ユウ、寄り道してこ。こないだゆってた店の新メニュー」
「今日はリナリー迎えに行くんだろ」
「あ、そーだっけ」
「お前運転しろよ」
「もー、ユウも免許とってよいい加減」
「取っただろ」
「二輪じゃん」
「あいつだけなら十分なんだがな」
「あーそうですね。どうせラビ君はお邪魔ですよだ」
「良く解ってんじゃねぇか」
「・・・・・・・・・ユウ、もしかして本気でゆってる?」
「さあな」
案外簡単に追いついた背中から聞こえた会話に、僕はペンケースを鞄の中にしまった。そこに境界線ともいえる不可侵領域を再び垣間見て大人しく背を向ける。ほんの少し、羨ましいとは思えど、それを壊そうと思う程子供ではないのだ、僕は。
「んーでも、嫌いな相手側に置いとく程ユウは良い人じゃないの、俺はちゃぁんと知ってるから」
「・・・良く解ってんじゃねぇか」
次に会うのは来週の水曜4限、文化論。
きっとそれまで使われる事の無いペンケースはその時返そう。
年齢関係完全無視してたことに途中で気付いた。・・あれ?セーフだっけ?気にしない!(お前・・・)
因みに私の水曜4限は文化論じゃ無いですよ(笑)