01:おはよう、おはよう
朝はきらい。
緩やかに風の流れを伝えるカーテン。瞼を突き抜けて射す光。
またこのまどろみから身を起こして慌ただしい一日が始まってしまうのだ。
「ん・・・・・・」
ブランケットを引き寄せる。肩が少し冷えていた。瞼は閉じたまま。
気付かない程度に流れていたシャワーの音が、壁二つ向こうで止んだ。
暫くしてバスルームの扉の開く音。また暫くすると足音がこちらへ近付く音。
気配など確かめるまでもない。一連の音が流れる間にもまた片足をまどろみの中へ浸す。
「・・・・・・おい、起きろ」
ほんの少し、躊躇った間。そのまま起こさずにいてくれれば良いのに。
反応を返さずに居ると、キシ、とほんの少しベッドのスプリングの軋む音。
「狸寝入りかオイ」
どうやら彼は、とっくにお見通しだったようで、顔にかかっていた髪が、やさしくどけられた。
その手につられる様にゆっくりと瞼を持ち上げる。
カーテン越しにも射してくる朝日が煩わしい。
「・・・・・・・神田」
流れてくる長い髪の一房をくいと引いて名前を呼べば、優しい唇が額へ落ちる。
知っていてやった。濡れたままの髪を離さずに。
「、おはよう。」
02:靴を履こうね
「・・・・・・・履け」
「嫌」
「いいから履け」
「嫌ったら嫌」
「何ムキになってんだ」
ガキか、と小さく呟くと枕が飛んできた。お前、誰の枕だと思ってやがる。
大体如何してベッドに腰掛けるこの我儘な姫君の為に自分が態々跪いて見上げて宥めなければならないのか。
「・・・・・・何怒ってんだ」
「だって、神田が言ったのよ」
ベッドに乗るなら靴を脱げ、と。変なところで几帳面な貴方が言ったのだから。
「覚えてないの?」
「・・・・だから何だ」
間違った事は言っていない。人の寝床に靴履いたまま飛び込む奴がどこにいる。いや、現にいたのだが。
そろそろ見上げる首が疲れてきた。いや、首だけでなく既に疲れているのだが。
普段しないことはするもんじゃない。身体的にも精神的にも。
「おい、いい加減に・・・」
「私にとってダークブーツは、貴方にとっての六幻なのに」
ぽつりと零された呟きに、は?、と間抜けな返答を返してしまう。
ちらりと拗ねた色を乗せたまま深碧の瞳がこちらを向いた。
「自分はイノセンスをしっかり持っていて、人からは引き離すの?」
卑怯よ、そんなの。と。
心なし非難の色を含んだ視線が、ちらりと壁に立てかけてある刀へと向けられる。
何とは無しにその視線の先を追う。愛刀は物言わずそこへ鎮座していた。
こつり、と彼女のイノセンス同士が打つかって音を立てる。触れそうで触れないところに、その適合者の爪先。
「・・・・・・いいから、履け」
何度も繰り返した言葉を告げる。今までと違うのは、その細い足首を掴んで、無理矢理履かせた事。
「・・・っ、や、神田!」
「六幻もお前のダークブーツも、身を守るためのものだろう」
踝までの形状となっているイノセンスを、適合者の足へと収めた。
恐らくこの我儘な適合者のイノセンスもまた我儘に、彼女の足以外へは収まらないのだろう。
昔童話で読んだ、灰被り姫の透明な靴の様に。
「・・・・・・だから?」
立ち上がると、俯いた儘の彼女の顔が見えなくなった。けれどその声は、悔しさに歪んでいるのがわかる。
既に手に馴染んだ愛刀は、今はむしろ自分よりも彼女の手に届く距離だ。
「必要な時だけ身に着けてれば良い」
四六時中気を張る必要など、ないのだ。
「何よ、それ・・・・」
我儘な姫君はベッドに腰掛けた儘の所為で、丁度腰のあたりにある頭が、ぽすりと腹に収まった。
背に回された腕は、悔しさでシャツに爪を立てた。我儘な靴は、我儘な姫君の足へ納まっている。
03:犬が怖い?
「ラビ、放して」
「ねぇリナリー、犬は嫌い?」
「好きよ」
「じゃあ俺は?」
「好きよ」
「嘘」
「嘘じゃないわ」
「じゃぁさ、犬と猫なら、どっちが好きなの?」
「・・・・・犬、かしら?」
「どうして?」
「鳥を獲らないもの」
「じゃぁやっぱり、鳥を獲る犬は、リナリーは嫌いなんだ」
「ラビ放して、お願い」
「でもそうやって、鳥を獲る猫のところに戻るんだね、可愛いカナリア」
(ラビ→リナ→神。でも理想は神リナを優しく見守るお兄ちゃんなラビなんだ・・・!!/その面影がどこに)
04:残しちゃ駄目
人は、思わぬ現場に遭遇すると思考停止するものである。
それを如実に痛感したのが正に今この時。時は昼食時、所は食堂。
ごった返す人の群れの中で一際目立つアジアンブルネットが二対。
片や癒しの存在リナリー・リー。片や無愛想で有名な神田ユウ。
この対極な二人が向かい合って食事をする現場を見れただけでも僕はかなり驚いたのだが
問題はまだその先にあったワケで。
生憎距離は離れていたため会話までは聞こえないものの、恐らく無駄なところに生真面目などこぞのジャパニーズが、
麗しのチャイニーズプリンセスに何か二三お小言を言い、つんと姫君が拗ねてしまった様子で。
そういう女性の扱い方が、英国育ちの僕にとっては実に情け無いと映るわけで。
溜息を吐いて呆れながらその様を見守っていると、無礼なジャパニーズの箸先は、姫君のトレイに向かっていった。
ぎょっとしながら見つめていると、その先にはどうやら姫君が残してしまったらしい一品。何かまでは判別不能。
殆ど唇を動かさずに喋るため、無礼なジャパニーズが何と言ったのかも判別不能。
しかし麗しの姫君が、嫌そうに、渋々と、けれどもその箸先を口に含んだ。
無礼なジャパニーズの持つ、彼の箸先を、である。カルチャーショックとか、そんなレベルではない。
にらみ合いながらもこくりとその小さな喉が嚥下するのを見届けると、神田が箸を置いた。
立ち上がって食器を下げに行く間際、姫君よりも幾らか大きな手がその頭をぽん、と軽く叩いていった。
振り向きもせずに去っていく背中を、悔しそうに、けれどもどこか嬉しそうに姫君の軽い足音が追う。
その背を、ショックのあまり積み上げた皿の一角が崩れたことにも気付かない僕の視線が追った。
05:涙を拭いて
「・・・・・・・・・・おい、」
無愛想な低い声が頭のすぐ上でする。
あともう少し、ほんのちょっとだけ背が高ければ良かった。
そうしたら彼の肩に腕を回して泣きつけるのに。今のままではそうするには少しだけ彼の背が高すぎる。
「聞いてんのか、」
傷ついているのは彼の方なのに、どうして私ばかりが泣いているのだろう。
何時だってそうだ。神田は絶対に泣いたりしない。理由は知らない。きっと彼だって知らない。
今でさえ、あの頑丈なコートがぼろぼろになって熱で溶けてしまう程の傷を負って尚、泣いているのは私の方だ。
何で肌に傷はないのだろうかとか、そんな事はどうだって良かった。
胸元に顔を埋めて思い切り泣きじゃくる。ああ、やっぱりこの身長のままでいい。
素肌そのままに当てた耳へ、彼の鼓動がそのまま伝わる。
「生きてるだろ、ちゃんと―――もう泣くな」
呆れたように呟きながら、私の目尻を拭う手が、爛れた跡を持っているなど知ったことか。
そんな事よりも重大なことがあるのだから。皮膚なら、私のでも分けてあげられる。
長く吐き出された息の中に、少なからず安堵の感が篭っていた事を、私は聞き逃していないのだから。
06:傷を洗おう
それはいつものように、彼女の唐突な呟きから派生した。
「あのね、キスする時の理想の身長差って10センチなんだって」
「・・・・・何だそれ」
「アレン君が言ってたの」
(・・・・・・・・・・何教えてやがるアイツ)
彼女の掌の怪我を、濡れたタオルで拭う。
「9センチ」
「あ?」
「今の神田と、私の身長差」
「だから?」
「理想的でしょ?」
「・・・・・・何に」
「人の話聞いてた?」
じわりと白いタオルが赤く滲んだ。傷口に血が滲む前に、ガーゼで抑える。
「だから、どう繋がるんだよ」
「・・・・・・本気で言ってる?」
「少なくとも、怪我の手当てしながら出る話題か?」
「だって、気になるじゃない」
「だから、何が」
「本当に、そうか」
白い掌に、それよりも白い包帯が巻かれていく。痛々しい。
「1センチ足りないだろ」
「普通融通利かせない?そこは」
「・・・・・・夜な。」
「嫌。今がいい」
「お前、周囲の目気にしろ」
「神田が言っても説得力ないわ、それ」
包帯の端を解けないように止める。
自分の手の中にすっかり納まってしまうその小さな掌に、軽く口付ける。
「今はコレで我慢しとけ」
彼女が何か言う前に、その小さな身体を抱きかかえる。ご丁寧に足まで怪我した所為で歩けないのだ。
「・・・・・・ずるい」
くいと引かれている髪が少し痛い位は、我慢してやろうか。
07:さよならさくら
春限定の、彼の特等席を知っている。
立ち並ぶ木々の中の彼と故郷を同じくする一本の樹。
一ヶ月ともたずに淡い桃色の花弁を散らす、チェリーブラッサム。その潔さは嫌いじゃないと言っていた。
草木生い茂る季節になればそれは淡い色彩など残さずに新芽を付ける。
「・・・・・・神田」
「何だよ」
「眠い?」
「ああ」
座り込んだ膝の上に預けられた頭の重みが少しだけ増した。
私よりも長い髪がその顔へかかるのを払ってやると、
何気ない動作で伸びてきた掌が、私の髪に付いていたらしい淡い色の花弁を取り去った。
「きれい・・・」
「お前も、きれいだ」
「・・・・・・。本当に眠いのね、神田・・・」
その言葉が偽りとして紡がれたわけではないと知ってはいるけれど、なんとなく嬉しくない。
けれど仕方ない。彼は立て続けに入った任務の後のやっとの休暇で、ここへ引っ張ってきたのは自分なのだから。
「いいわよ、寝て。夕方になる前には起こすから」
それまでは、刻々と変化する空と、そこを滑る雲と、それに映える桜吹雪を堪能しよう。
身を屈めて、既に薄らと閉じられている瞳へと口付けた。
「。おやすみ、」
とっても楽しかったです!!(笑)
お題はこちらより「子供に語りかける七のお題」使わせていただきましたw
