アポトーシス




暗い廊下(乙姫)


軽い音を響かせて廊下を進む。人の影が無いその場所が、酷く冷たく見えた。普段ならそう思う事もあまりないのに。
目的の部屋の前で立ち止まる。キーのロックを外す事は簡単にできる。けれど、そうしたくはない。したいと思ったこともない。
それは私が「私」であるための、一つのボーダーライン。

「総士?」

部屋の中へと呼びかける。反応なし。
今は特にしなければならない作業も無い筈なので、居ると思ったのだが。
自室にいないとなると、何処にいるのか。ふと、一つだけ思い当たった場所へと向かってみた。







下る階段(総士)


目の前に浮かぶ淡い紅を、片方の目で見つめていた。焼き付ける様に。
その中に眠っていた小さな存在が目を覚ました後も、何度か足を運んでいた。その場所が空になったことを確かめる様に。

「そこにはもう私はいないよ?」
「わかっている」

前触れ無く後ろから声がかかっても驚かなかった。全て望んでいたことだ。

「・・・どこか、行くか?」

望んでいた事と予想していた事が、どちらも現実のものとなったのだ。
その先にあるものがたとえ闇かもしれないと解っていても、歩みを止めることなどできない。







フェンスの向こう


小さな方舟。
外との境界線。
その一線を越える。地上へ。
先ず目に入るのは、いつだって陽の光。







草の匂いのする場所


「私にとってここは、特別な場所なの」

地上への第一歩。
今は露となっている地下へと繋がる扉から先は、短い草が生えて絨毯のようになっている。

「どうしてか、知りたい?」
「話したい、の間違いじゃないのか」

総士が右と左、両方の目を微か細めて、その先を待つ。
まだ高い位置にある太陽の光を背に、乙姫が振り向いた。海に反射する光が眩しい。

「ここは私が、初めて外に出た場所なの」

空と、海と、太陽と。木と草と花。そして街と人。全てが一度に見下ろせる場所。
この世界の全て。

「ここで良かったって、思ってる」

海からの風に合わせてふわりと笑った。








溢れる川


川に沿って歩いてみた。清らかな流れが海へと続いていく。
海が全ての世界だとしたら、と呟いた。
うん?と答えが返ってきた。
この川は、其処まで行くための流れであり、今の自分達は、この大いなる流れの一部なのだろうか、と。
水面に反射する自分達の影が、川の流れで揺らめいた。







桜の霞


「いつか、お花見したいね」
「ああ」
「きっと綺麗だよね。ほら、このへんなら、きっと皆で集まれるよ」
「そうだな」
「一騎のお弁当、食べたいなぁ」
「頼めばいつだって作ってくれるだろう、あいつは」
「そうじゃないよ。違う味になるんだよ」
「違う味?」
「そうだよ。桜の木の下で、皆で騒ぎながら食べることに意味があるんだから!」
「・・・そういうものか?」
「そういうものだよ」
「そうか・・・」
「そうだよ」
「春になったら、だな」
「そうだね」







パレード


見てみたいね、と君が笑った。
君が望むなら、。







ブランコのある公園


始まりの場所。
あの時全てが回り始めた。







夕焼け(総士)


東の空が赤みを帯びてきた。前を行く乙姫の背に広がる夕焼け。
思わずその赤さに地下の奥深くを思い出して、背筋が震える。
融けてしまいそうだ、と思った。

「総士?」

呼ばれてはっとする。顔を上げた先には、赤に染まりきらない深い翡翠の瞳があった。

「いや・・・なんでもない」

消えたりしない。今はまだ、ふたり、ここにいるのだ。







陽炎、青い背景(乙姫)


西に微か残る青空。消える前の一時は妙に映えて見えた。
なんでもない、と滅多に見せないような表情で笑うものだから、思わず可笑しくなってしまった。
少しだけ駆け足で近寄って、大好きな兄へ抱きついてみたりする。

「・・・どうした」

驚きつつも、平静を装って紡がれる声音が愛しい。

「総士が、消えちゃいそうだったから」

ぎゅ、と力を込めれば、優しい手が頭を撫でた。
自分でも知らないうちに震えてしまった手には、どうか気付かないで。



お題はこちらより「君がいる10景」使わせていただきましたw