try,cry,fly,





try,


「例えば此処が、全ての中心だったとする。」

うん?と半分だけ理解できた頭で声の主を見やる。

唐突に始められた話。
此処、と指されたのは他ならぬ自分で(というか、此処、なのか。)
当然その先にある話題が掴めずにそれで?と視線で先を促すしかできない。

「例えば、中心が崩れれば周りも崩れるだろう」
「・・・そりゃぁ、まあ」

人を此処とか言っておいて、更に崩れるとかいう話するか普通。
とも思ったが、相手は皆城総士その人なので、細かい事は気にしない(様にする)。
事務的な事はいっそ清々しい程流暢に話すのに、
どうしてこういう日常会話はたどたどしいのだろうか。
今だに真壁一騎が抱える謎の一つである。

「・・・で?」
「ならば、周りが崩れた時、その中心にはどれ程のダメージがあるのだろうか、と」

いや、ひょっとしたら皆無かもしれないな、と何故か少しだけ寂しそうに微笑んで。

何が言いたいのかはさっぱりだが、どうやら何かの例え話で、
総士が自分ひとりで答えを出すのに(珍しくも)苦戦しているらしい、
よって自分に援助を頼んだらしい、というところまでは汲み取れた。

問題は、その『例え話』が、何のたとえか、という事で。

(全ての中心、崩れても影響の少なそうな『周り』、)
加えて総士が悩みそうな事柄。というと?

「―――フェストゥムの、ことか?」
「違う」

少しだけ可笑しそうに微笑んで、自分の言葉を思い返したのか
ああ、たしかにそうとも取れるな、と小さく呟いてから

「僕の、ことだ」

「・・・・・・は?」
「だから、僕のことだ」

繰り返される言葉に、ようやっとそれが「例え話」の答えだということに気がついて。
そう考えると、

(全ての中心が、何処だって?)

「・・・・・・総士」

なんだかもの凄いことを聞いた気がするのだが。

「いや、ただの思い付きだ。忘れてくれ」

そしてまた、少しだけ寂しそうに笑う。
長い前髪が邪魔で、その瞳に隠された感情が見えない。

(ああ、違う。前髪の所為じゃなくて―――)

「・・・総士」
「何だ」
「俺が、中心だってことは、周りっていうのは、総士だってことか?」
「・・・そうだな」
「じゃぁ、周りが崩れたら、中心も崩れるよ」
「―――そうか?」
「そうだ」
「何故?」

ああもう、答えなんて解ってくれ。言葉にするのが恥ずかしい。
こんな事を言わせるのは、多分この目の前の親友が最初で最後だ。
それでいい。

「俺の中心が、総士だから」

驚きでブルーグレーの瞳が見開かれた。
そしてゆっくりと、柔らかに笑った。






cry,

「一騎は、泣き虫なのね」

そっと、指に小さなてのひらが触れた。
ふわりと包み込むようにされた自分の指は、右はもう動かない。
左手は、指が白くなる程に力が入って、それでも尚震えているというのに。

「・・・俺、が」
「うん」

あの時、確かに触れていた。この小さな少女を介して。触れていた、のだ。
彼がもう、これ以上暗いところにいなくて良いようにと、自分が側にいると決めたのに。
―――あの時、たしかに。

「俺が・・・っ」
「一騎」

ふわり。包み込まれる。同じ香りがする。
無条件に相手を受け入れることのできる人間の、ものだ。

「大丈夫だよ、一騎。総士は、きっと大丈夫。」

言葉と共に、ぎゅっと抱き寄せられる。
その腕が、微か震えていることに今更気がついた。

この小さな少女が、全てを、その細すぎる腕に抱えているのだ。
そのことに、今になって気付いた自分を恥ずかしく思う。

決めたのだ。彼が守りたいと願っていたものを、自分もその横で共に守ると。
―――今一度、自分に問うた。
彼が、守りたいものは、何だったか?

「―――ありがとう」

力を込めたら折れてしまいそうなその身体を、優しく包み込んだ。
左腕でしか守れなくても。
その背に手が触れた瞬間、包み込まれていた腕に、更に力が込められた。

「行くよ、俺」

殆ど嗚咽になりそうな声で、小さく兄の名を呼ぶ少女の声が、聞こえた。






fly,

手を触れても、その扉が開かない事など解りきっている。
ならばなぜ、そうするのかと聞かれると、
やはりほんの少しの期待が自分の中にあるのだと、認めざるを得ない。

もう何度訪れたか知れない、彼の部屋。
だが、足をその中に運んだことがあるのは一度だけで、
それ以外はいつもこうして硬く閉ざされた扉を眺めるだけだ。
眺めていればいつか穴でも空くという訳でもないのに。
だが何時来てもその扉は相変わらずぴくりとも動かない。

まるで、主人の帰りを忠実に待ち続ける番犬の如く。

(・・・どっちが、かな)

その閉ざされたままの扉を云ったつもりだったが、考えてみれば自分のことの様にも思える。
傍から見れば、さぞ滑稽なことだろう。
開かないと解っている扉の前に、幾度も懲りずに足を運んでいるのだから。

「・・・総士」

彼が見ることの無かった雪は既に融け、花が咲き乱れた。
緑の葉が生い茂る頃、同じ速度で同化現象が身体から消えていった。
両腕に、微かな痺れを残して。
右は、彼を傷つけた手だ。左は、彼を守りぬけなかった手だ。

「総、士」

もう何度、返事の無いその名を呼んだだろう。
繰り返し呼ばないと、まるで、その存在が無かった事にされてしまうかのように。

「はやく、帰って来い」

冷たい扉の感触は、思考を冷静にさえさせないと知っている。
ゆっくりと目を閉じてみても、そこに、彼と同じ世界は見えてこない。