4. take me out(私を連れ出して)
「おい、起きろ」
それはまだ夜も明けきらない夜半。
突然頭の上から降ってきた声。
「・・んぁ?」
こんな時間になんだよ、とうっすら眼を開いた。
と、そこには仰向けで寝ている自分をのぞき込むようにして立っている恋人の姿。
「え・・?ユウ!?」
思いがけない人物の訪問に、驚いて飛び起きる。
というか、マンションの部屋の合い鍵なんて持ってるのは彼女くらいなのだから、泥棒でも無い限りこの部屋に入ってくる人間なんているわけがないのだ。
「どうしたんさ?こんな時間に・・・。」
ベッドに腰掛け、彼女を足の間に引き寄せる。
彼女は黙って俯く。
「夜は出歩くなって・・言わなかったさ?」
少し声を低くして問いかけると、彼女の身体が強ばった。
ついこの前も、夕食を食べに行く約束をしていたのに、約束の時間を10分過ぎても現れないものだから、おかしいと思って迎えに行ってみると・・・。
案の定、途中で数人の男に絡まれていたのだ。
無論、さっさと追い払ったが、それ以来、暗くなってからの一人歩きは避けるよう言っておいたというのに・・・。
「あ、明るいトコ走ってきたから平気だ!」
「ユウは平気でも、俺は平気じゃない。もし何かあったらどうするつもりだったんさ?」
「・・・・・」
「ユウ・・」
「・・・・・・・・・・・悪かった・・・」
しゅん、と叱られた子猫のようにうなだれる。
仕方ないなぁ、と溜息を一つついて、彼女の腕を引っ張った。
「え?ぅわ!」
予期せぬ俺の行動に、彼女はされるがままとなって腕の中に降ってきた。
膝の上に座らせて、そのまま彼女を抱きしめた。
彼女の・・・においがする。
それはこの世で最も安らげる香り。
「で、ホントは何しに来たさ?」
しばらく抱きしめて彼女の香りを肺いっぱいに吸い込んだ後、本題を切り出した。
「べっ、別に何でも・・」
と彼女は顔を背ける。
明らかに何か隠しています、といった素振りで。
「何でもないのにユウがわざわざ俺んトコ来るわけないじゃん。それもこんな夜中に」
「・・・・・」
それでも彼女は俯いたまま。
静かな部屋に時計の音だけが響いている。
が、やはりなかなか話を切り出そうとしてくれない。
こうなったら、奥の手を出すまでだ。
「ユウ、言わないと・・このままベッドにホールインワンさ?」
「・・・・・え!?」
「俺は別にそれでも全っ然構わないんだけど・・・どうする?ユウ」
だんだんと低くなっていく声を本気と捉えたのか、腕の中で彼女が身じろいだ。
「ま、待て!!言うっ!言うからっ!!」
そんなに本気で抵抗しなくても・・・。
「で?何さ?」
「・・・海・・」
「・・・はい?」
「海に行きたいんだ!」
とても真剣な眼差しで彼女は言った。
海・・過ごしやすい季節になってきたとはいえ、泳ぐにはいささか寒いのだが・・・。
「ユウ、泳ぐにはまだ早いさ」
「当たり前だ、バカ兎!」
「じゃあ何で・・?」
「い、いいから連れてけ!!」
一生懸命な瞳。
それは真っ直ぐに俺を捕らえる。
あぁ・・・彼女には逆らえないな、と思った。
「・・・・・わかったさ、お姫様。仰るとおりに・・・。ただし!!」
びっ!と顔の前に立てた人差し指を突きつけた。
「俺の条件を飲んでくれたら、連れてってあげるさ」
「おいコラ・・・何なんだコレは!!?」
脱衣所から出てきた彼女が着ているのは、真っ白なノースリーブのワンピース。
黒い髪が白い布地によく映える。
「うぉ!サイズぴったしじゃん!さすが俺!!」
それを着る事が、海に連れていく条件。
夜中に叩き起こされた上、ベッド行きすら拒否されたのだ。
これくらいは許されるだろう。
「だいたい、なんでお前ん家にこんなモンがあんだよ!?」
「あぁ、こないだ通りかかった店で見つけたんさ〜。ホラ、リナリーがバイトしてる店。ユウに似合いそうだな〜って思って。あ、サンダルも出してあるさ」
「てめぇなぁ・・・」
言いたいことはよくわかる。
野郎の一人暮らしの部屋にあるべき物じゃないのだから。
「ほらほら、そんなに眉間に皺寄せちゃ綺麗な顔が台無しさ」
それでも何だかんだと文句を言いつつ着てくれるのだから、可愛くて仕方がない。
「ほら、行くさ?」
と車のキーを片手に、まだ何か言いたそうな彼女の手をとって歩き出した。
車を走らせること約15分。一番近い海岸にたどり着いた。
薄紫に染まる夜明けの迫った空の下を、波打ち際まで歩く。
隙間に砂粒が入り込んだのか、彼女はサンダルを脱ぎ、片方ずつ手に持った。
そしてそのまま海へと足を踏み入れる。
「冷てぇ・・」
と独りごちながらも波と戯れる彼女を少し後ろから見つめた。
そういえば、こうして二人で海に来たのなんてどれくらいぶりだろうか。
人混みを嫌う彼女は夏場の海には来たがらなかったから・・。
だからいつも、こんな風にまだ人気のない時期にやってきては、砂遊びをしたものだった。いつだったかは木枯らし吹きすさぶ冬の日にそうやって遊んで、次の日、二人して風邪を引いたこともあった。
「ラビ!!」
思い出に耽っていたところを、彼女の声で現実へと引き戻された。
「見ろ!!」
と、彼女の指先が遥か彼方の水平線を指さした。
示されるがまま、その先へと視線を運ぶ。
そこには・・・
黄金の光を放ちながら東の空を明るく染める太陽。
ゆっくりと空を昇ってゆく。
薄紫の空は光を浴びて青く澄み、漂う雲は朱や黄に染まる。
「すげぇ・・・」
夜明けがこんなに綺麗だなんて、知らなかった。
ふと、彼女を見ると、満足そうに微笑んでいた。
綺麗だろう、と。
あぁ・・・・・・・・・
君は俺にこれを見せたかったのか
・・・・・・・・・・こんなにも美しい、世界を。
半分まで昇った太陽を背に、彼女は微笑む。
潮風に流れる黒髪の隙間からチラチラと煌めく陽の光。
白いワンピースから透けるすらりとしたシルエット。
それはさながら女神のように
俺の脳裏に焼き付いた。
「ありがとう・・・ユウ」
俺を
連れ出してくれて。