easy crazy





  あの森に近付いてはダメよ

何度も何度もそう言われた。あの森には怪物が住んでいて、迷い込んできた人間を食べてしまうのだと。そんな噂はちっとも信じてはいなかったけれど、先日一人、街の子供が森へ入っていってもう2週間以上戻ってきていない。それが自分にとってどうということはないけれど。強いて言えば、退屈していたのだ、恐らく。先日迷子になって家に住み着いていた小鳥が、ふとその森の中に入っていってしまったので、その行く先に何があるのかを見てみたかったのかも知れない。理由はもうどうだって良いのだ。既にその森の中に足を踏み入れてしまっているのだから。



足音がした。人の近付かないこの森に、自分以外の気配。2週間ぶりだ。最近は多いなぁ、なんてぼんやり思う。小鳥が触れた・・・。途端ざわめきはじめた茨に怯えて離れていく。いつもそうだ。森に入ってきた気配は帰りそうに無い。

  ―――しょうがないなぁ

近付かないようにとの噂を態々流した・・・・・というのに。それでも入ってくるなんて、相当の覚悟はあるのだろう。今までそんな奴は一人もいなかったけれど。




足場の悪い獣道を進んでいく。だが、虫と鳥以外は何も居ない。大きなものはともかく、小動物程度ならいてもよさそうなのに。それに加え、草ばかりで花がなかった。なのにいるのは鳥と虫。そのアンバランスさが何とも奇妙だった。ふと目の前に視線を戻すと、一羽の白い小鳥がいた。間違いなく、自分のところに住みついていた小鳥だった。

  おまえ、ここからきたのか?

その小鳥は宙に羽ばたいたまま、助けを求める視線を向けて、森の奥へと入っていった。促されるままに奥へ足を進めていくと、森に似合わない色が目に入った。燃えるような、赤。その色の髪の持ち主は、片方だけの目を細めて、こちらに笑った。途端に小鳥が、怯えて飛び去っていった。

  ―――きみの?

目の前の片方の目が笑って言った。飛んでいった鳥の事だ。けれど、その事を少しも気にした風もなく言った。

  ちがう

嘘を言う理由も見当たらず、本当の事を言うと、意外だったのか2、3瞬きをしていた。

  おまえは?

目の前のコイツが、”怪物”だとは思えなかった。だが、そうではないという確信も無い。恐いとは思わなかった。何か、別の事を感じた。

  おれは、ラビ

す、と何でもない動作のように、手を差し出してきた。だが、その手は取らない。しかしそれも気にした風もなく、ラビと名乗った子供は続けた。

  おまえのコトは知ってるさ 神田ユウ、だろ?

そしてまた、笑った。



ユウは、逃げなかった。名前を知っていると告げたら、驚いてはいたけれど恐がらなかった。それが少し意外で、ちょっとだけ嬉しくもあり、それよりもつまらなくて、同じくらい悲しかった。

  手、さげろ
  うん?
  おれは、おまえにはふれない

はっきりとした拒絶の言葉に、特に傷つくこともなく手を下げた。

  なんで?
  森にいる”怪物”にさわったらたべられるってなんどもゆわれた
  ユウは、おれのこと”怪物”だっておもってるんさ?
  おもってない
  じゃあなんでさわらないの?
  おもってなかったらさわらないといけないのか?

返された応えに、きょんと目を見開いてしまう。先刻から返ってくる言葉はどれも想像しないもので、今までそんな事などなかったから、楽しくて仕方なかった。

  ユウ、おはなしするのは、いい?

ユウの漆黒の瞳が、ちらりとこちらを向く。肌も、土色の俺とは違って真白だった。小さな頭が、こくんと頷いた。




ラビに連れて来られたのは小さな泉で、それまでの不気味な森の中にあるとは思えないような綺麗な場所だった。ラビはその端に腰掛けて足を水につけた。俺も同じ様にその隣りに腰を下ろしたが、足はつけなかった。ラビはそれについて何を言うでもなかった。

  どうしたら、ユウはおれにさわってくれるようになる?

片方だけの目で問うてきた。緑葉の色だ、と思った。

  どうしてそんなにこだわるんだ?

何かに拘る様には見えないその瞳が、嫌にその事に固執しているように思えた。少し困ったように、けれどやはり笑いながら、その持ち主は言った。

  どっちにしても、ユウとは、おわかれしなくちゃならなくなるから

水面を蹴り上げながら呟いた。小さな飛沫がこちらに向かってきて、少し髪が濡れる。

  だったら、ずっといっしょにいられるようにしたいんさ

その表情しか知らないかのように、笑う。足は絶えず水面を蹴り上げる。時に強く、時に弱く。

  ・・・いま、おわかれしなくちゃならないって、ゆわなかったか?
  うん、ゆった
  じゃあ、ずっといっしょにいられないだろ?
  うん、そうさね でもそうじゃないんさ おわかれするけど、ずっといっしょになれる

訳が解らなかった。相反することを両立させるという。そのくせ片方だけの目はどこか遠くを見ていて、何かを期待している様には見えなかった。ぱしゃり、と水面が跳ねた。



自分の中にある初めてではない感情を、正確に把握していた。ずっと一緒にいたい。けれどそれが叶った事は今迄に一度だってない。そのこともよく解っていた。

  ユウは、どうしておれにさわってくれないの?

ちらりと漆黒の瞳がこちらを見る。水面の光を映して、ほんの少しだけ水の色が加わる。綺麗だと思った。

  ―――ふれたら、死ぬまでいっしょにいなくちゃならなくなる

きょとん、と片方だけの目を見開く。言葉は掴めるものの、意図が理解できなかった。

  なにそれ?べつにいやならわかれればいいじゃん
  だめだ
  どうして?
  そうきまってるんだ
  だれがきめたんさ、そんなの
  しらない
  だれがきめたのかもしらないことを、ユウはまもるの?
  おまえだって、そうじゃないのか?

先刻から自分のペースに持っていけないのはどうしてだろうと考える。そして嗚呼そうか、自分は質問されることに慣れていないのだと気付く。ずっと、ひとりだったのだ、きっと。

  ・・・これは、きめられてるんじゃないさ そうしないと、生きていけないだけで

初めて、きちんと笑えているのか不安になった。




泣く寸前の様な笑い顔で、赤い髪の子供はまた水面を蹴った。生きていけないのだと語った左目が揺れたのを見逃さなかった。けれど、隠された右目の方が、泣いている様に見えた。

  ・・・・・・右目、どうしたんだ?

左目が、驚きに見開かれてこちらを振り向いた。白い包帯に隠された右目は、当然見る事は出来ない。そ、と持ち上がった指が、その上に触れる。嗚呼、また泣く寸前の顔だ。

  ―――焼かれたんさ

まるで他人に起こった事の様に呟いた。その内容に、ぞくりと背筋が震えた。

  ―――焼かれた?
  そう
  目を、か?
  せいかくには目じゃない 目のぶぶん・・・・・を焼かれたんさ

それでも笑う。いくら既に痛みは無いからといって、笑う内容ではないだろうに。無理して笑う必要など、無いというのに。

  にくんだり、しないのか?
  だれを?
  おまえの目を、焼いたやつを

もし自分だったならきっと、そうせずにはいられないだろうから。けれども隻眼の子供は、また少し悲しそうに笑いながら、言った。

  おれはここからうごけないから



包帯の下に隠した右目が、ふいに疼いた。鈍い痛みが走る。嗚呼、遂にこの時が来てしまったのだ、と解りきっていた事を思った。もう何度、この思いをしたか知れない。目の前で綺麗な漆黒の瞳が細められる。気付いたのだろう。流石に、これ程に強く香れば気付かない訳がない。あの花・・・が出す、人を狂わす為の甘い香りに。

  ―――ユウ、
  人が・・狂いそうな香りだな

恐ろしい位冷静な声に、こちらが驚いた。嗚呼もう、今日は驚かされてばかりだ。真直なままの瞳は、香りに侵された色は少しも見当たらない。何故、平気なのか。

  ユウ、へいきなんさ・・・?
  やっぱり、そうなのか

怒りの色は見えなかった。ただ、確認しただけなのだと言った様に。例外無く人を前後不覚に陥れる程の香りの中で真直に立ったままの白い子供。

  ずっとはじめから、おまえから同じ香りがしてた



特にそれを何と思っていた訳では無いのだが、香りが効かないのだと知ってその子供は何故か謝罪の言葉を何度も何度もその小さな口から紡ぎだした。ようやくその左目から涙を流しながら。何故謝られるのかはさっぱり解らなかったが、聞いても答えそうになかったし、それで気が済むのならばと思って好きにさせた。ようやく落ち着いた頃、意を決して言った。

  お前・・が、見たい

小さい子供は、こくりと一つ頷いて歩き出した。本当は手を取って歩いて行ってもよかったけれど黙って後ろを追っていった。薄暗い森の中を迷わず進んでいく。会話が一切無かった所為で、やけに長く感じた。途中、あの小さな白い鳥がいた。ラビよりも先を飛んで行く。ようやっと着いた、ふいに開けた地に広がっていたのは、一面の、赤い茨の海だった。

  ―――これが、俺だよ



森中に広がっている香りが、一層濃く立ち込めていた。それでもユウは欠片もその香りに狂わされる様子は見えなかった。あの白い小鳥が、一本の茨にとまった。

  ―――あそこ・・・が、お前の右目のぶぶん・・・・・・、か?

ユウが、中央より少し外れた真黒に焦げた部分を指して言った。

  そう 焼かれたところ・・・・・・・さ もう、ずっと前のことだけど
  どうして焼かれたんだ?
  ―――食われそうになったやつが、火をつけたんさ

もうすっかり忘れてしまった程昔の事だ。けれど、ユウの瞳が一瞬怯えの色を映した。

  ・・・食ったのか?お前が?
  茨に触れた一定以上の大きさのものを取り込む・・・・んさ それが、俺の食事

ずっと昔から。そのせいで人も、小動物もこの森からいなくなって・・・・・・しまった。『一定以上』の大きさに達しなかった、鳥と、虫とを除いて。

  あの香りで、人を狂わせて捕らえるのか
  そうだよ でも俺は自分からは動かない これは、俺のルール
  ―――どうして、俺に近付いた?
  ―――どうして、だろうね?

これは自分でも判らなかった。気が付いたら、話していた。ひょっとしたら本能的に、彼には香りが効かないのだと、解ったからかも知れない。何故効かないのかは、もうどうでも良かった。効かないのなら、仕方が無いのだ。ざわりと茨が蠢く。ぐらりと、土に膝を付いた。

  ―――ラビ?

そういえば、初めて名を呼んでもらえた、と気付く。思ったとおりキレイな音だった。茨がざわりと騒ぐ。狂わないのは、敵だ。今この場で捕らえなければならないのだと、本能が騒ぐ。

  ―――ユウ、にげて

けれど口はそれとは反対の事を告げる。はじめて狂わずに自分と話をしてくれたひと。それはつまり捕らえなければならない対象であり、傷つけたくなかった。心身は反発する。

  ラビ?
  このままじゃユウを、食べなきゃならなくなる、から はやく

茨の中に一際大きな花が姿を現す。それで食う・・のだ。深い緑をした花弁。その中にユウを取り込むなど、したくなかった。それがおわかれ・・・・なのだ。もう幾度も繰り返してきた。

  ―――俺を食えば、”ずっといっしょ”になれるんだろ?

思わず顔を上げた。自分が言った言葉。息苦しさはまだ治まらない。

  お前は、食った人間の知識や記憶を得られる だから、俺のことも知ってた
  ―――な、んで・・・

静かなままの漆黒の瞳は、ひたとこちらを捕らえていた。はじめてそれが恐いと思った。見下ろされているからではない。自分の近くに居て、こんなにも正気のままの瞳で見てくる者等、今までにいなかったのだ。恐くて、同時に嬉しかった。殺せ・・と本能が叫ぶ。いっしょになれるのだ・・・・・・・・・・と。生きて欲しいと心が叫ぶ。どちらにせよおわかれ・・・・なのだけれど。息苦しさが酷くなる。土の上に崩れる。視界の端で、ユウが膝を折ったのが見えた。

  大丈夫だ お前に俺は食えない

声が出ない。ユウの細い手が、ゆっくりとこちらに伸びてくるのが見えた。

  ―――俺は、鳥だから

触れた指は、思っていたよりも温かかった。




触れた頬は、思っていたよりも冷たかった。

  な、んで・・・?

息苦しさのせいで目尻に溜まった涙を指で払ってやる。土の上に横たえられた身体は未だ荒い呼吸を繰り返していて、それでも徐々に治まっていくのが解った。茨がざわめきを顰めながら緑色の花を再び覆っていく。触れたものが小さなものだと知って。取るに足らない・・・・・・・のだと知って。何時の間にか飛び立っていたあの白い小鳥が静かになった茨の上に降り立つ。傍らに、別の鳥をつれて。

  ユウ・・・・・・
  ラビ、だいじょうぶか?

ようやく落ち着いたラビが名を呼ぶ。その柔らかい髪に触れようとした手が払われた。まだ少し乱れた息と共に。何で泣いてんだ。

  なんで・・・っ!?
  お前は何だ・・・・・

びくりと赤い髪の子供が震えた。目には相変わらず恐れの色が見え隠れしていて、けれどそれはきちんと自分へ向けられていた。

  こたえられないだろ?おなじだ お前はあれ・・で、俺はだってだけだ
  ユ・・・・・・
  でもお前はお前で、俺は俺だ それ以上でも以下でもない
  お、なじ・・・・・・?

隻眼から、透明な雫が零れ落ちた。嗚呼また泣く。先刻まであれだけ、それしか知らないかの様に笑っていたのはどこへ行ったのか。溢れ出した涙を、また指で払ってやる。びくりと震えて、それから思い出したように青ざめた。

  ユ、ユウ・・・さわって・・・!?
  ・・・・・・だからなんだ
  だって・・・っ!それ・・が、ユウのとしてのきまりだったんだろ・・・っ!?

触れたものとは、ずっと一緒にいなければならない。容易に人に・・触れてはならないのだと何度も何度もそう言われた・・・・・・・・・・・・。そこに何の力が作用するのかなど、知らない。ただ、そうなのだと思っていただけ・・・・・・・だ。



  ・・・・・・もう、いい

自然な動きで、ユウの頭が肩に触れた。長い髪がさらと流れる。綺麗だと思った。

  ずっといっしょにいてやるから―――・・・もう、泣くな

静かな言葉と共に、森から小鳥が飛び出してきた。また茨へとまる。あの白い小鳥の周りに、少しずつ集まってくる。嗚呼まだ、こんなにもこの森に生きているものがいたのか。雲で陽が隠れる。何とはなしに空を見上げた。この温もりに、手を伸ばしても良いのか。問うた。預けられた頭が動く。その細い腕が背へ回された。今まで感じた事の無い温度に背が震えた。嗚呼けれど、それは彼も同じなのだた、微かに震えている腕で解った。顔は見えない。―――静かに、腕を上げた。茨にとまっていた鳥達が、一斉に飛び立った。















遅くなりました!!;;;
ありんこトミー様からのリクエストで「もりのくまさん」(笑)でした!!
って
どこがどうなったらこうなるんだよ。毎度のことですが・・・・。
しかも意味不明だしね!あれだ、フィーリングで読んで下さい
フィーリング。(貴様)
元はこういう文ばっかり書いてた奴だったので、とても楽しかったです。
・・・・・・・が、今改めて見直すと自分でも気に入らないなぁ(おい!!)
いつものごとく、色々とこめた意味があったはずなのですが、最早あまり覚えてn(爆)

・・・ええと、ステキなリクエストありがとうございましたトミーさま!!
あ、あのNGでしたらマジで書き直しますんで・・・!!
楽しかったです!ありがとうございましたーw


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