ゴルゴダの丘
漸く息苦しさが治まって、ゆるゆると瞼を持ち上げた。
天井にある照明は、幸い自分の真上にはなかった為に無理な白い光を見る事は無かったけれど、少し眩しくて目を細めた。
「起きた?」
不意に横から掛けられた低い声に驚く。誰もいないと思っていた。
その声は聞き慣れていなくて、けれど何処かで確かに耳にしている。
恐る恐る声のした方へ目を向けると、漆黒の瞳とぶつかった。
「きょ……や」
喉の奥が張り付いてしまっていて、声が上手く出せない。まだ微かに目が霞んでいて、その姿もはっきりとは見えなかった。
「きょう、や」
誰かの温もりが欲しくて、手を伸ばそうとした。けれど力が入り切らずにシーツの上で掌を中途半端に向けるだけになってしまう。
必死に指先に力を籠めようとして、自分が貪欲に体温を欲している事に気が付いた。
――何時も自分の中に、常に感じていた『何か』が、無い。
それが酷く不安だった。それだけで、四方から闇が迫ってきそうだった。そのイメージに、思わずぎゅ、と目を瞑る。
そ、と掌に温かさが宿った。
それが自分より大きな掌だと気付いて、暗闇のイメージから抜け出せた。もう一度ゆっくりと目を開けて、その大きな掌の持ち主を見た。
漆黒の瞳は何時もと同じ様に強い光を宿していて、今はそれが自分にだけ注がれている。
その瞳に映し出されている自分を意識して、やっと深く息を吸い込んだ。
「生きてる……」
「言ったでしょ、死んでもらっては困るんだ」
そういえば、そんな事も聞いたかもしれない。
唐突に現実が像を結んで、もう一度深く呼吸した。そして一層強く何時もからは足りない『何か』を強く意識する。
その感じに、また急に不安になって、包んでくれている手を握り返そうとする。けれど上手く力が入らなくて、震える様になってしまった。
それをどう思ったのかは知らないが、大きな手がもう一つ添えられて、私の小さな手が温かい両手に包まれた。その手だけ、温もりを取り戻していく。
「恭弥、骸様が……」
「らしいね」
「むくろ、さまが……」
自分の命や内臓の事よりも、唯彼の事が心配だった。
突然抜け落ちた存在感。呼びかけても反応が無いどころか、通じる気配すらない。
今までこんな風になった事なんて無かったのに。
「どうしよう、恭弥」
握りたいのに、掌に確固とした存在を感じたいのに、力の入らない身体が疎ましい。全部が指の合間から零れ落ちていきそうに思ってしまう。
「もし、もし本当に骸様が……」
「大丈夫」
ふわり、と額に温もりが触れた。
見れば、彼が私の手を包んでくれていた手の片方を外して、ゆっくりと、優しく私の前髪を何度も撫でてくれていた。まるで小さな子供をあやすように。
人に優しく触れられる事が、こんなにも気持ち良いなんて知らなかった。優しい掌の温もりが、少しずつまどろみを呼び起こしていく。
「そう簡単には死なないよ、あの男は」
細められた漆黒の瞳が、どんな感情を抱えているのか、私にはわからなかった。
今はただ、掌の温もりと、額に触れる優しさに身を委ねたかった。何度も往復する大きな手が、何時しか迫ってくる暗闇のイメージを払拭して、淡い靄に似た光の幻影すら見るようになっていた。
「大丈夫だから、まだ寝てなよ。無理して起きたら足手纏いだ」
歯に衣着せぬ物言いは相変らずだ。けれど今は、それが嬉しい。額に触れている温もりも、変わらずずっと少し伸びた私の前髪を優しく撫でてくれている。
「ボス、は」
「僕から言っておくから」
今は眠るんだ――
そう言った彼の声も、淡い光の靄の中へ、ゆっくりとゆっくりと覆われていく。
天井の強い光をまるで気に留めずに、彼の声が覆われていくのと同じ速度で目を閉じた。包まれた掌と、額にある優しさは、まだ私に留まってくれている。
そうして私は――
私を見つけてくれた「彼」を、今度は私が見つけるために、淡い光の靄を纏って、一歩を踏み出した。
もう、あまりにも今週のジャンプが衝撃的で、思わず書きなぐった!
あのシーンの後って事でお願いします。
一発書き@勢いなので、読み直しとかしてないよ!(貴様