<Recollection>
その街に立ち寄ったのは、ほんの気紛れだった。
以前―――もう殆ど記憶も無い頃に一度だけ立ち寄った街。
特に目的も無かったから、早々に立ち去るつもりでいた。彼に、会わなければ。
始めに香ったのは、酷く甘美な血の香り。純血な者とはまた違った。
出会ったのはほんの偶然だった。何度か会ううちに親しくなった。
けれど長居は出来無いから、最後になると告げようとした、その日。
「ヴァンパイア、なんだろう?お前」
ヴァンパイア、なんて。酷く懐かしい響きに思わず笑みが零れた。
「何さ、急に」
「別に隠さなくて良い。俺はお前をどうこうするつもりはない」
人間を模った姿の物ほど厄介なものはないと、人間ではない自分がいうのは可笑しな話だが、事実そう思っている。
その声でそう告げられた時、最初は何故見破られたのかと柄にも無く焦った。
そして焦った自分に、彼にはバレたくなかったのだと気付いた。
「―――なんで、わかったんさ?」
「雰囲気というか・・・なんとなく解る。特に最近は増えてるだろ」
事実だった。理由は知らない。
ヴァンパイアが血を吸った相手を眷属にするためには、その血を飲み干すか、自分の力を相手に注がなくてはならない。
だが前者の場合、その力を受け継ぐよりも先に死に至る方が圧倒的に多いので
その方法でヴァンパイアになった者がそうそういるとは思えない。自分は、その少数派ではあるけれど。
だが、だとすれば自ら望んでヴァンパイアになった者が増えていると考えるのが普通だ。
永遠の命など面倒なだけだと思っているラビには、その考えはどうにも理解しがたいものがあったが。
「お前は、血を吸わなくても平気なのか?」
「・・・・・・・んな訳ないじゃん。毎晩頂いてますよ」
「誰から?」
「尻の軽いお姉さま方から」
その言い方が気に入らなかったのか、目の前の麗人は―――神田ユウは、その漆黒の目を細めた。
夜しか血が吸えない訳では無い。だが人間の血が一番旨くなる瞬間がある。
―――それが、情事で達する瞬間の味だった。
「毎晩誰かしらとヤってるって訳か」
「わぁお、意外と直接的な表現すんのねユウ」
趣味の良いカフェテラスでする話題ではなかったが、少なくともラビには、あまり時間は無かった。
―――目の前から香る、甘美な血の味に、今までどれ程耐えてきたか。
「もうやめろ」
神田がコーヒーカップをソーサーに置くことで、食器が触れ合う高い音がした。
何を咎められたのか解らずに、は?とラビが間抜けな声で聞き返すと、綺麗な双眸が、隻眼を射抜いた。
「そうやって、手当たり次第に吸い歩くな」
そんな風に言われたことは今までにあるはずも無く、思わずぽかんと口を開けてしまった。
「・・・間抜け面」
「そこじゃないでしょ言及するトコは。ユウ、自分が何言ってるのか解ってる?」
「ああ」
「じゃぁ何、俺に死ねって言うんさ?」
「解ってる。単なる俺のエゴだ。見たくねぇだけなんだ」
自分が人間ではないと知られて殺されかけたことは1度や2度ではない。
ぼんやりと、神田になら殺されても良いと思ってたことは事実だ。その程度には、気に入っていた。
―――何に、と聞かれれば、一度血を味わわせてくれるのならば、と条件をつけただろうが。
「俺の祖父が、お前と同じだった」
だが続けられた言葉と、その声音に、ラビは自分の考えが的外れだということを知る。
「同じ・・・って、」
「直接そうだと聞いた訳では無いが・・・見たんだ、あの時。」
神田の言う『あの時」が何時かは知る由も無いが、恐らく血を吸っている時の事だろうとは想像が付いた。
確かに慣れなければ少々グロテスクな其の場面は、見れば一瞥してそれと解る。
重ねて、老いることの無い容貌。妻を持っていたとなれば、その変化は歴然としただろう。
けれど、祖母と両親、神田自身もヴァンパイアではないという。
「・・・クォーター、ってコトさ・・・?」
恐らく神田が『なんとなくわかる』のも、そのせいだろう。
ラビは、言葉にしながらもその事実を半ば受け入れられなかった。
そんなものが存在するとは考えられなかったからである。手に入れたければ、力を注げば良いのだ。
態々人間にしたままで、死別する道を選ばずとも、自らの道へ引き寄せれば良いだけなのだ。
「・・・それで?」
「あ?」
「俺にそんな事まで喋ってどうすんのさ。ユウが、俺を咎める理由はわかったけど、殺されるとかは思わない訳?」
血を吸う事を止められて、素直に従うヴァンパイアが居るとでも思っているのか。
甘い香りが漂う。神田から見えない様にラビは手の平に爪が食い込むほど握り締めた。抗うのにも限度があるのだ。
「俺がユウを襲うかもしれないとか、考えないの?」
「別に、足りないなら好きにすれば良い。」
その言葉に、ラビは耳を疑った。
思わず顔を上げれば、そこには真直ぐなままの瞳があった。悪戯に言った言葉ではないことが解る。
「俺ので良いなら、いくらでもやる。だから、もう他に手は出すな」
「・・・ユウ、自分が何言ってるのか解ってる?」
「―――試して、みるか?」
その時、一度飲んだその味が、あまりにも甘すぎて。
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